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  • 黄土色の雪

    昨夜ひっそり雪が降ったため 
    舗装道路は滑りやすくなっている。

    坂道の途中ではなおさらだ。

    しばらく目の前を歩いていた婦人を 
    今やっと追い越したばかり。


    積雪が奇妙な黄土色をしていたので 
    屈んで少し掻き集めてみた。

    ヌルヌルしていて全然雪らしくない。
    柔らかいゴムのようにいくらでも伸びる。

    その雪の塊を片手に持って 
    グルグルと頭上で振りまわしてみる。

    まるでヘリコプターのプロペラみたいだ。

    きっと追い越したばかりの婦人が背後で
    怪訝そうな顔して見上げていることだろう。


    そうこうしつつ前方をチェックすると 

    短いスカートの女子高生たちが 
    坂の上からこちらへ下りてくるところ。

    視線を足もとに落とし、まぶたが丸い。
    普段見せないような真剣な表情。

    滑って転ぶんじゃないかと不安なのだ。

    転ぶ姿を見たい気持ちもないわけではないが 
    いつもそんな表情をしていればいいのに、と思う。

    その方が、ううんと魅力的なのに。
     

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  • うつむく少女

    画面中央には美少女らしき人物を置きたい。

    今にも消え入りそうな
    憂いを含んだ暗めな表情。

    たとえ顔は見えずとも、ポーズで表現させる。

    破れた白いドレス。
    薄い肩と幼い胸が見える。

    背景は藍色の夜空。
    少し欠けたばかりの月を浮かばせようか。

    満月にしてしまうと
    太陽との区別が紛らわしい。

    木の枝には顔のひっくり返ったフクロウ。
    それだけで謎めいて怪しげな森を演出できる。

    太い木の幹の樹皮には
    不気味に笑う老人の顔があって欲しい。

    うつむく少女の肩に妖精を座らせてみようか。

    画面の右下隅には
    傷ついた一角獣を佇ませたい。

    その脇腹に宝石飾りの短剣でも刺しておく。

    同じく左下隅には
    苔むした粗末な墓でも建てておこう。

    かわいいリスが木陰から少女を覗いていたりして。

    さてこれ以上、さらになにか配置したら
    もう画面がまとまらなくなりそうな気がする。

    あとはバランスとタッチに注意して、完成だ。

    どこにも絵なんてないけどね。
     

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  • 歌 姫

    古き良き音楽の都。
    ここで歌姫は美しい産声をあげた。

    父は骨董品の蓄音機。
    母は由緒あるパイプオルガン。

    教会の鐘の音に合わせて泣いたとか。


    鳥が集まるため、生家は鳥屋敷と呼ばれた。
    幼い歌姫の声に呼び寄せられたのだ。

    近所の子どもにいじめられることが多かった。
    近所の大人にくすぐられることも多かった。

    皆、歌姫の泣き声や笑い声を聴きたかったのだ。


    やがて歌姫は美しい娘に育った。

    教会で賛美歌を歌うと、国王陛下も聴きに来た。
    そして、同行の王子が一耳惚れの一目惚れ。

    すぐに国を挙げての結婚式。

    幸福な日々。
    そして、男子の誕生。

    王家も国民も大喜び。

    高名な音楽家からお祝いの楽譜が届いた。
    それは美しい旋律の子守唄。

    歌姫が歌うと、赤ん坊は安心して眠った。

    つられて王子も眠った。
    国王も后も臣下も眠った。

    安心したのか平民も眠った。
    すべての国民が眠ってしまった。

    歌い疲れ、歌姫も眠ってしまった。


    それでも歌姫は、夢の中でも歌い続けている。

    いつまでも、いつまでも、いつまでも・・・・
     

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    • Tome館長

      2014/01/07 14:21

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2013/04/12 17:42

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • イルカの曲芸

    イルカなのだが、海イルカではなかった。
    川イルカでもなくて、陸イルカ。

    海を泳ぐのが、海イルカ。
    川を泳ぐのが、川イルカ。

    そして陸を歩くのが、陸イルカなのだ。


    スラリと二本脚で立っている。
    正面から見れば人と区別できない。

    ただし、背中に大きな背ビレがある。
    肌は白いのに、なぜか背ビレだけは黒い。

    「あたし、これから、曲芸します」

    人のように喋ることさえできる。

    この陸イルカは雌だ。
    正面から見ると、少女と区別できない。

    ただし、髪を含めて体毛がない。
    帽子でもかぶれば、美少女と呼べよう。

    今、陸イルカがプールに飛び込んだ。

    そのまま泳ぐ。
    まるで裸の少女が泳ぐように。

    ショーの進行役がビーチボールを投げる。
    それを彼女が額で受け止める。

    観客たちの歓声と拍手。
    陸イルカの得意そうな表情。

    なかなか結構なことだ、と思う。


    それにしても
    ひとつ気になるのだが

    ソファーに座る時、彼女
    背ビレは邪魔にならないのだろうか。
     

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  • 犬に噛まれて

    工事途中のプレハブ住宅のような建物。
    開いた玄関から外の景色が見える。

    奥に道があり、大きな黒い犬が 
    歩きながら興味深くこちらを眺めている。

    あんなのに入られては大変だ。
    ところが、あいにく玄関には扉がない。

    ともかく入り口を塞ぐべきだろう。
    建物の中を探し回り、扉らしきものを見つける。

    しかし、大きさも形も合わない上 
    中央に楕円形の変な穴が開いている。

    これで仮に入り口を塞いだとしても 
    この穴から犬が入り込みそうな気がする。

    などと悩んだり考えたりしているうちに 
    すでに犬は建物の中に侵入していた。

    さあ、困ったことになったぞ。

    「あっちへ行け!」

    追い払おうとして、握りこぶしを前に突き出す。
    すると、犬は口を開け、その手に噛み付く。

    牙は刺さらず、痛くもなんともない。
    握りこぶしに犬の口蓋の感触を感じるだけだ。

    ただし問題は、手が引き抜けなくなった事。
    なんだか吸われているような気がする。

    犬と視線が合う。
    感情が読み取れない。

    何を考えているのだ、この犬は。
     

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  • 天の渡し

    天の川を小舟で渡っていた時のお話です。


    風はなく、ほとんど波もありませんでした。

    川面に目をやると、魚が泳いでいました。
    これはまた珍しい事があるものです。

    近づいて来たので姿がはっきり見えました。
    どうもそれは魚とは違うようです。

    二の腕まで水中に入れ、それを捕まえました。

    なんとも異様な形をしておりました。
    銀色の鱗に覆われ、尾ビレしかありません。

    眼もエラも口らしきものさえないのでした。

    突然、それは尾ビレから火炎を吹きました。
    ですから私は驚いて、思わず手を離したのです。

    結局、その姿は水中に消えてしまいました。

    まことに不思議な事があるものです。


    天の川を小舟で渡っていた時のお話でした。
     

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    • Tome館長

      2014/01/02 12:29

      「こえ部」で朗読していただきました!

    • Tome館長

      2013/03/28 16:31

      「ゆっくり生きる」haruさんが動画にしてくださいました!

  • 目覚めの頃

    なんなんだろう


    うまく言えないんだけど

    このうまく言うとか
    うまくやるとかやらないとか

    そういうことも含めて

    そういう方向で
    いいのかなって


    ああ
    全然伝わらないよね

    頭ん中
    まだ整理できてないんだ

    整理すべきかどうかも含めてね


    とにかく

    みんながみんな
    そういう方向に進んでいるとして

    そういう方向に進んでいても
    問題なさそうなんだけど

    そういう方向しか考えられない
    という気さえするんだけど

    でもね

    そういう方向に進んでしまって
    本当にいいのかなって

    というか

    そもそも
    進んでいいのかなって


    ああ
    ごめん


    もういいよ

    自分で考えるからさ
     

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    • Tome館長

      2014/01/04 21:08

      「しゃべりたいむ・・」かおりさんが朗読してくださいました!

    • Tome館長

      2013/12/28 17:05

      「こえ部」で朗読していただきました!

  • 家 出

    「そんな子はうちの子じゃない。出て行きなさい!」

    母に怒鳴られ、僕は家を飛び出した。

    西山の向こうへ陽は沈もうとしていた。
    その夕陽を追いかけるように僕は歩いた。

    (僕は悪くない。間違ってなんかいない!)

    母があとをついて来ているのは知っていた。
    振り向かなくても気配でわかった。

    (ふん。やっぱり僕が心配なんだ)

    西山のふもとに着いた頃には
    あたりはすっかり暗くなっていた。

    それでも僕はそのまま山道を登り始めた。
    まるで夜空へ昇って行くような気分で。

    (僕は悪くない。絶対に間違ってない!)

    まだ母はついて来ていた。
    かすかだが背後に足音がする。

    気づかないふりをして僕はどんどん登り続けた。

    すっかり夜になったが、月明かりがあるので
    足もとは見えるのだった。

    いつのまにか、知らない場所まで登っていた。
    闇のどこかでフクロウの鳴き声がする。

    踏んだ枝が折れて、ものすごい音がした。

    けもの道に迷い込んだのかもしれない。
    怒りは薄れ、だんだん怖くなってきた。

    よく母はついてくるな、と僕は感心してしまった。

    (よし。さすがにもういいだろう)
    そう思って、僕はうしろを振り返った。

    少し離れたところに白い姿が見えた。
    目を凝らさなくても、それが母でないことはわかった。

    それはシロだった。

    近所の飼い犬なのだった。
     

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  • メリーちゃん

    メリーちゃんは歌が上手でした。

    あまりにも上手なので
    その歌を聞いて

    偉そうな大男が泣き出したり
    自閉症の子ともが笑い出したり

    今にも死にそうな老人が怒り出したり
    お喋りなお嬢さんが黙ってしまったり

    そんなふうに
    いろいろ奇妙なことが起こるのでした。


    そんなある日のことです。

    メリーちゃんの歌を聞いた王様が
    メリーちゃんの首をギロチンに掛けました。


    それは本当に奇妙なことだったので

    まったくこれには
    みんな驚いてしまったそうです。
     

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  • 夢で描いた絵

    絵を描いていた。
    いつものように美人画である。

    美人でなければ描く意欲が湧かないのは
    人格に問題があるからだろうか。

    そんなことを心配しながら

    雑誌か何かの写真の上に直接
    絵の具を筆で塗っていた。

    写真を参考にすることはあっても
    その上に絵を描いたことはないので

    これは夢かもしれない
    と思う。

    それでも絵の具を塗り続けていると
    やがて絵は完成してしまった。


    絵の中の美人が微笑んでいる。


    「絵の具が乾いたら、さよならね」

    そんな声を聞いたような気がした。

    まさか絵の中の人物が喋るはずないが
    なんにせよ、さよならは困る。

    絵の具が乾く前に夢から覚めるのだ。

    そうしなければ彼女が消えてしまう。
    せっかく描いた絵が永遠に失われてしまう。

    なぜか、そう信じてしまった。


    起きるのだ。
    すぐに夢から覚めるのだ。

    空中に手を伸ばして爪を立て

    まるで見えない壁紙を剥がすように
    ベリベリと目を覚ました。


    すると、やっぱり夢だったわけだ。

    美人画なんかどこにもない。
    あまりにも情けなくて笑ってしまった。


    だけど、よくよく考えてみると

    もしもあのまま眠り続けていたら
    きっと何もかも忘れてしまって

    こんなふうに夢で描いた絵の話だって
    誰にも伝えることはできなかったはずだ。
     

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